★きらら 自分から出る声を聴こう ★

2011年7月12日火曜日

きょくげんどらいぶ                            エッセイ0

 自分を大切にしなさい。

今までの人生体験を感じ直して、感じるのはその言葉です。

生まれた土地や今までの人生は、ただひたすら自分は誰か、いったい何をしたいのかでした。


振り返ると自分では防ぎようの無い人災や災害に逢い、打ちひしがれ、家事で住居を失った体験や、

すぐに地元の人がおにぎりを差し入れてくれたこととかを思い出します。


一番きついのが自分の感情的な傷跡から生じる苦しさですが、それすら自分に許し、ゆっくりとま

とめています。人災によるPTSD。理不尽な仕打ち。それから他の土地へ移り住んだこと。


自分が恵まれていたことすら自覚できず、傲慢な社長の息子とのプライド。上の事件で全部崩れた。


あの出来事から数十年経ち、生きることの喜びと辛さのダンスを踊り、それすらきついと感じるんだ。


年内に自作のPCゲームを販売を目指す立場。今は穏やかになったけど、ひたすら環境の悪化や、


大家さんからの「出て行けっ!!!」(理由は、アパート内の問題に大家に喧嘩したことだろう)

と言われても、「ぼくはこの部屋が好きですっ!!! 出たくないっ!!!」

と思い切り反抗し、知り合いに弁護士がいることや、もっと力のある人のことを引き合いに出し、

追い出しに対処した去年を思い出す。


起業するとたくさんのトラブルが起きるし、感情的な試練を自分で起こしてしまう。


そうなんだよ。自分が原因だったりする。


うつにしても、自分に不安や怒りや憎しみが沸くとしても、自分を大切にする行為自体が、

この世界ではすごく珍しい行為であり、今でこそ人々の認識が変わったので、

その珍しさは薄れているが(近所のあるおばあさんと会話して知った。今日。))


自分を愛するのにたくさんの時間がかかり、今でも悩み、自己の価値の確かさを再認識する。


生い立ちは人格形成や、自己価値観に影を落とす。だから俺は日記を書いて、自分史を書いて、

後は母や父と話して、俺の人格形成や価値観の元を再検証した。


父も母も東北の出だ。農家の出であり、両方ともお金持ちであって、それから家族内の問題や、

親の博打的な生き方で財産を失い、どん底まで落ちた人たちだ。


この価値観が両親に受け継がれ、俺も数年前に自己破産したときに、じっくりと認識した。


自分の価値観は両親やその両親、他にも見えないものや見えるものに影響される。


7年前の自己破産の後、国の庇護を受けて、たくさんの援助を受け、自分の独特の生い立ちや、

家庭背景、トラウマ体験、他にも苦しんだ体験と心の傷を日記に書き、泣いたり、専門家に聞いても

らったりして、浄化してきた。


今はあの意識浄化プロセス、「愛してます」を自分にいい、自分を苦しめる記憶にいう。

きつい作業ではあるけどね、徐々に効果が出て、実家は経済面の立ち直りをしつつある。

今は外部役員(父による任命)として、実家の事業を後方支援する立場。

主に倉庫の掃除や整理整頓という、昔自分が嫌った仕事が役員の仕事という(そんでもって安い)

のは意外な展開で、安くても役員という立場はおいしい。


その立場で改めて、社長業という地道な道の勉強を実家と自分の会社で開発や、経理を通し、


また、時折、近所のある店でぽろりと営業することでじっくりと自分の立場を味わっている。


変形的な起業ではあるが、他に就職しようとしたり、他の事をしようとすると心が抵抗した。


大変な最中で、セルフイメージが出来上がり(起業家でゲーム作家)、他の事には身体が動かなくなった。

後は自尊心を高め、感情的な弱さを許し、また、相手を許し、ひたすら許すことが今の修行だ。


きょくげんどらいぶ = そう、自分を許し、相手を許す道


そんな感情を噛み締め、俺はまた歩いていく。


成功したい。

してるじゃん^^:

事業が中途半端?

段階的に進んでいるので大丈夫じゃん^^:

プレッシャーがきつい。

きついなら続いていない。認識が違うだろう^^:


好きなことを仕事にし、稼ぐ道。


それはワクワクとし、るんるんと明るい声が出せる道。


本業での収益はこれから生じるだろう^^¥

副業で、他の方法で臨時の収入が来る。


これが現状だけど、2008年当時と今では大きく進化した自分がいる。


父もそうだったが、俺と同じような感じの起業をし、数十年の体験を持つ社長だ。


血は争えない。


父からの精神的な財産を受け継ぐ意味では2代目だろう。


だけど、俺は創業者の道を行く。