★きらら 自分から出る声を聴こう ★

2014年3月31日月曜日

時代

 淡々と生きる。

そういう生き方があると教わった。

ぼくは人間性というものをある元教師に教わった。

数年お世話になった。

ぼくだけでなく、うちの実家全体に影響を与えた人です。

亡くなりましたが、今尚、ぼくがつい話してしまいます。

男性であって、家事に打ち込み、生活弱者を援助すると言う。

この方のおかげで、ぼくは多くの生きると言うことを教わり、

育ての親と言うべき人でした。

どこかずるい。商売人でしたし、詳細は絶対に明かさない。

でも、なんかすごいというか、ぱっと見て、「まさとしくん。これはいけない。」

たった一言。

それはすごく腹が立つ指摘なんです。

すぐに帰ってしまう。

くそ。

またか。あのくそじじい。

そのときはそう考えます。

おれなんか、おれなんか。

なにもしない。なにもできない。

そう自分を責めます。

ただ生きろ。

それ以外の指摘が無いのです。

それから、必死こいて、ネットとか本を買って、勉強しまくります。

自分を変えたい。このじじいをぶっつぶす。

そう願ったのです。(俺の不良性を知り、たたき出し、俺の借金しまくりを多めに見て、自己破産をサポートしてくれた。)

だらしないのは良くない。

でも。先生も最後はぼろぼろになるまで商売に走り。他界。

最後の最後で燃え尽きました。

痛い教訓を残して。

仕事中毒が悪い。年を考えない。

確かにそう感じる。

だけど。

日本人男子らしい。

慕う人の数が普通じゃなかった。

で、短時間だけ助けるだけでなく、体を張って、見本となってくれた。

俺が、これだけの根気をもてるのはこの先生の模範が大きい。

あの先生のどうしようもなく、悩んできた顔を俺は忘れることができない。

「自己破産して、生活保護に入れ。もう、社会に迷惑をかけるな。」

先生は人脈があった。だから、当時、ハードルの高い生活保護を受けるのに骨折りがあった。

情けないな。

純然たる感謝は、亡くなった後に出る。

当然のもの?

違う。

俺が多分、2004年当時、自分で入れてくださいと言ってもだめだったと思う。

今また、厳しい時代になったらしい。ネットでのニュースではそんな印象がある。

この立場を抜けたい。もがく。

商売は甘くない。実際、同じように奮戦している方がいる。

激戦。

そんな感じだ。

その中で、今何をするか。金儲けか。

それはそれなのだが、今尚、痛い教訓を使い、自分の力を自分で引き出し(家事とか散歩は先生もやっていたのだ))

闘病なさっていた。俺も同じです。

ぱっと見元気に見える。俺も。

なぜそんなに重なるのか。

続けると自分の粗が出ます。先生も最後の最後はずたずたとなり、気が狂ったような発言が多かった。

亡くなった後で気づくが、大きな商売を試み、その後、入院。それから死去。

最後は、ぼくの弟が仕事の帰り、面会するとか(俺は自分のことで精一杯でした)

!と先生の苦しみが体に出ることがあり、(シンクロしていた)

苦痛ともがきの時期は大抵、なんか誰かのもがくものとシンクロする。

このことは何故か、何かの起業とか奮戦中の社長さんとかって、同じ体験をする。(本で体験談とかで読んだ))

これは。

そう感じた。

収益こそ0円飛行だ。だが、同じ体験を何度か通過している。

その都度、余計な考えを落とすための酷いうつを通過する。今もだ。

時代の変化と今まで、戦った戦士なる人の死とは重なるものらしい。

企業戦士をもじり、起業戦士と表現するならば、そんな戦士社長とか戦士オーナーは多いだろう。

休む。休めるけど、休みは休みで、刺激が来る。それに何をするのか。

時代は個人の力と時代の変化で試練の年らしい。

去年が時代変遷の基礎なら、今年は成長のための試練が降りかかる。

来年はその収穫らしいが。

今年の過ごし方で、来年の収穫が変わるとの感じ。

なんのために自己表現を自分に求め、ネットで晒し生きるのか。

毎日、自問がある。