先ほど、うんうんとうなりながら、すごく白い泡を見た。
VOID。
だ。
バブルだった。すごく光る白い泡。
そんな場所から宇宙が誕生した。
私の研究室は、安アパートにある。
そして、皆さんのオゼゼ(訳:お金)で動いている。
すごく疑問に感じたことを本やネットやそして、ノートにらくがきすることで解明している。
この仕事に就くのに自分の中の変な遠慮があった。
だって、労働せずにお金を得ないといけない。
基礎物理の上を探していたし、何よりも俺は大学を出ていない。
現役の学者様から見れば(最近は、すごく豆でやさしい方だと本の文面で知った)
小学生時代から、本当に勉強が学校でするものなのかと疑問を持つ少年でした。
学校の帰りにヒントがたくさんあり、秘密基地作りごっことか、原っぱで皆でどうでもいい話をするとか、
そんな中に勉強があったと感じます。
学校は学校で役割があるとしたら、型にはまりつつも国語能力や算数の能力、理科などの科学知識、
社会などの社会を俯瞰する能力、体育はスパルタな自分を生き抜く訓練を得る。
英語は学校英語は本当の英語ではないのだけど(外人さんとしゃべるのにガチガチ英語よりは、
単に英語がわからないと相手いいって、片言の英語と日本語とじぇすっちゃーである程度はわかる))
うちの近所はたまに外人さんが散歩していたりする。俺はなんか駅を教えてくれと言われたことがある。
日常に、知りたい疑問の答えがごく普通の形で存在していた。
その断片を得るのに人は会社勤めをしたり、場合により、ひたすら探求したい場合、親の援助を受けたり(引きこもることもあるよな))
国の援助をおやが余裕が無いときは得る(俺は会社を自己破産したときにそんな流れが生じた))
結果、ゲーム開発がこの自分の知りたい探求のための手段だと思い出す。
この地球での生活は実はゲームであり、役割で制限をかけ、スローモーションに自分を見るのだ。
似た体験は、WindowsXP上でVirtual環境でLINUXをインストールして遊ぶとわかる。実機よりは動きが遅い。
でも、どうやって起動するかはそのプロセスを見るうえではいい。その上でアプリを動かすと遅くて、
いらいらする。
なんか、すごく関係ないところに自分の探求のための手段が転がっている。
VOID。
だ。
バブルだった。すごく光る白い泡。
そんな場所から宇宙が誕生した。
私の研究室は、安アパートにある。
そして、皆さんのオゼゼ(訳:お金)で動いている。
すごく疑問に感じたことを本やネットやそして、ノートにらくがきすることで解明している。
この仕事に就くのに自分の中の変な遠慮があった。
だって、労働せずにお金を得ないといけない。
基礎物理の上を探していたし、何よりも俺は大学を出ていない。
現役の学者様から見れば(最近は、すごく豆でやさしい方だと本の文面で知った)
小学生時代から、本当に勉強が学校でするものなのかと疑問を持つ少年でした。
学校の帰りにヒントがたくさんあり、秘密基地作りごっことか、原っぱで皆でどうでもいい話をするとか、
そんな中に勉強があったと感じます。
学校は学校で役割があるとしたら、型にはまりつつも国語能力や算数の能力、理科などの科学知識、
社会などの社会を俯瞰する能力、体育はスパルタな自分を生き抜く訓練を得る。
英語は学校英語は本当の英語ではないのだけど(外人さんとしゃべるのにガチガチ英語よりは、
単に英語がわからないと相手いいって、片言の英語と日本語とじぇすっちゃーである程度はわかる))
うちの近所はたまに外人さんが散歩していたりする。俺はなんか駅を教えてくれと言われたことがある。
日常に、知りたい疑問の答えがごく普通の形で存在していた。
その断片を得るのに人は会社勤めをしたり、場合により、ひたすら探求したい場合、親の援助を受けたり(引きこもることもあるよな))
国の援助をおやが余裕が無いときは得る(俺は会社を自己破産したときにそんな流れが生じた))
結果、ゲーム開発がこの自分の知りたい探求のための手段だと思い出す。
この地球での生活は実はゲームであり、役割で制限をかけ、スローモーションに自分を見るのだ。
似た体験は、WindowsXP上でVirtual環境でLINUXをインストールして遊ぶとわかる。実機よりは動きが遅い。
でも、どうやって起動するかはそのプロセスを見るうえではいい。その上でアプリを動かすと遅くて、
いらいらする。
なんか、すごく関係ないところに自分の探求のための手段が転がっている。