★きらら 自分から出る声を聴こう ★

2013年7月5日金曜日

立場を超えて

 生活保護。 マイナスイメージが付く立場。

最後の砦。なのに一般化した。

おかしな現象が生まれた。 働いても、この生活保護受給者より収入がなく大変な方々の存在が浮き彫りになった。

去年だか、週刊誌を読んでいて、俺は心底驚いた。 そして、やはり、この立場を抜けて、雇用を生む立場にシフトして、

住む地域に少しでも働き口を提供する者として生きれたらいいな。

 端的に言えば、一企業の存在も雇用者に対して、生活資源である現金を労働と交換で与える存在だ。

本来というか、俺が生まれ落ちた日本は貨幣経済であり、都市部に生まれたので、お金が無いとは、

生きるための手段が無いと痛感するものなのだ。


 2006年に薬の副作用で最悪の状態になり、パーキンソン症状で入院。

自閉症と常に死にたいとの気持ち。何より、通院先で浮いてしまうというおかしな感じ。

地元の通院患者で派閥ができ、部外者の俺はレクリエーションをするにも溶け込めない。

通所デイケアでいろいろと生きるための情報を得ていたし、知らない間に、まともな患者に、

元犯罪者のようなメンバーが加わり、緊張感が増していった。

通院先もそれを受け入れつつも、ルールが厳しくなっていった。

 しばらくして、人のいい職人さんが、ルールを犯し、2週間の出入り禁止。

俺はなんとなく気分の悪いおっさんだと感じていたが、どうも世間に疎い、通院していた他の患者を、

巻き込んで、処罰されたらしい。 患者同士で付き合いを禁止していた場所だったので、

俺も友人を創る練習をしていたが、(実際は外で作るように指導される))

 
 依存症患者同士の付き合いは、当初は距離のある感じで始まる。

その後、知識をクリニックで貰うので、(わからない場合は、ケースワーカーに距離感のスーパーバイズを受ける選択もあった。俺は活用していた))

実際は、男女関係につきものの交際相手探しに落ち、それが悪化するケースがあったように思う。

 寂しいから来なさい。

 そういう感じの場所でもある。だが、実際、俺の過去の体験を書けば、寂しいのは交際相手がいてもいなくてもあるのだ。

生き甲斐がないとか、したいことがわからないとか、親との関係で疲労困憊とか、

一時の逃げ場が欲しいとか・・・ 寂しいにはかなりの問題が潜んでいる。


 話が過去に及んだが、もう一度、私の意見をまとめてみよう。

 この時代に人を雇う必要はかなりある。だが、そのための財源が私にはない。

また、雇った後の保証が無い。 個人で起業しても製品の売り上げが芳しくない。

事業収益が上がらないので、生活保護制度をレスキューとして使いつつも、

必死に模索する日々を送っている。

毎日、うつが襲う。激痛の伴ううつだ。 通院は意図して止めた。通院すると医療費が国に発生する。

俺はなんだかんだいって、自己治療を病院やあとは本での学習で学んできた。

現状がこういう今、持病のうつでなく、立場上のうつが俺の鬱だ。

 コンパクトな会社を持つ。これは達成している。

あとは生活保護から距離を取るのに四苦八苦の俺がいて、担当に具体的に現状を伝えつつも、

事業のエンジンが回らないので、ごく普通の生活保護受給者としてお金をもらう選択に毎月戻る。

今日だ。


 ニュースを見ると、確かに極端な方がいる。その反対にこの制度で助かって、起業したり、

才能で飯を食って、旅立った方も少数ながらいる。イギリスのあの作家さんは日本人ではないが、

その背景を知って俺は励まされた。

 ハリーポッター。 俺もそんな風になりたいと今日ももがく。