★きらら 自分から出る声を聴こう ★

2012年5月23日水曜日

プロは客に答える お金のために




 このマンガで学んだ。

必死なんだよ。

感情を抑えて書くのは。

当たり前は無い。

それは死って欲しい。

下手な鉄砲、数打てば当たるか?

 ブログをはじめた頃、最初でも有名なプロバイダーを選んだね。

上の言葉は父がよく言っていた。

だが、下手でも必死のハンターは毎日腕が上がる。

父はそういう感じがあった。

騙されてもいい。

お金を貰うんだ。借金完済。

鉄の意志。

自己破産はしたのですが、返済義務が減らない。

巨額とはそういうものだったんです。

多少は減ったとは言っていたけど。

完済。

完全に食べることとは違いますよ。

それは完食か^^:

俺も必死なはずですが、どっか安心感がある。

毎日、必死で生きていると元気。

環境も変化したし、悪環境が2年半あったけど、クリアーできた。

ゲームにしてしまうな。

いじめすら。

変な才能なんだけど。


ボクサーなんか必死ですよね。

必死でへばってもパンチを打つ。

俺の一文はその必殺を打つ複線ですぞ。

倒れないな^^

お金くれないな^^

まあ、タイミング。

なかばヤクザな気持ちにもなります。

実質、社長はどっか怖いですよ。

父も俺もにたよーなもの。

脅し文句も書きたい。

やんわりと。


人はある局面で変わり、運が変わる




 このグラディウスは初めて遊んだ面影を残しつつも、全然違うゲームになっています。

変化。

この作品のグラディウスにその生き残るための存在理由をこうして自分で見て、

皆さんに紹介することで確認しています。

大変なことなんです。

作って、出して、23本でも0円でも売れると。

知り合いの社長は褒めてくれた。

父にはデモを見せたし、実際の数字を見せた。

驚いていた。

そして、納得して、応援の笑顔くれた。

現実に数字。

どこのバイトに行っても出る言葉。

「で、数字は?」

です。

このきつい現実の記憶に感謝。

才能をお金に変える決意と




 才能をお金に変える決意。

この最初の頃の動画はかなりの恐れと高揚感で作ったものです。

明確に私はこんな才能がありますよ^^

この才能でお金儲けしたいのです。

とお客様に言わないといけない。


セールスは大切。

父も相当苦労していた。

今はベテランですが、1回目の事業をつぶし、違う方法で2回目の起業をするとき、

個人的にいろんな人を援助していた。

お人よしですが、別に心理学を学ばなくても体験で得た知恵を持っていた。

俺は心理学を学んだとき、慢心した。

おごりになった。

父は何度も俺と同じような目に逢い、死にたい気持ちをずっと隠していた。

最近になってようやく聞けた。

共感できました。

数学や機械との相性がばっちりのひと。

自分でPC教室に通い、今は嬉々としてPCぼっちゃんしてますね。

本当に遺伝と言うほか無い。

信念を持って生きる

 非営利の体質(ボランティア)から営利へとの転向は、

苦しい選択です。元からお人よしの性格もあり、ある起業家の本の一文、

お金を欲しいと言えないなら一生ボランティアだよ。

は的を得ています。

本人に会ったことが無いのでなんとも言えませんが、この人の複数のメンターのうちの共通項だと感じます。

それでお金になるのか? ずっと前に起業して失敗する前に父にきつく言われました。

ブームのもの(2001年当時はITブームの感じがあった。個人的な感情ですが)

父は地道でいて冒険をしても何らかの修整を気づきで得てしまうタイプ。

こっちが見て怖い感じのものでも、

多額の借金の返済のことがあり、大英断を下すことが多かった。

それを25年で母と一緒に協力して完済。

俺はすごい奇跡を見た感じがしました。

自営業が長い人はそれだけ生き残るセンスと天性の勘がある。

事業家の息子が一番影響を受けるのは当然であり、

もちろん、その最中にすごい依存されたこともあり、母親役や兄役、父役と忙しかった。

俺がうつ病と診断され、最低1年の休暇をお父さんに求めなさいとある精神科医に言われたとき、

父は、

「わかった。その一年を最低限の生活を出来る範囲の援助をする。会社を立ち上げてここまで来。

ありがとーな^^」

今思うと涙ですが、会社からの生活保護だったのです。

それから悪戦苦闘。

主治医に自分の事業を簡単に説明してからの1回目の起業は、頓挫。

起業の援助をしても、会社内容で、いや、自分が事業主に成るのは別世界の感覚だったのです。

援助する側でなく、自分で決断し、障害が起きても信念で突き進む。

回避できるものは回避。

まるで戦艦のような動きだったような。

今は戦闘機な気分です。

いろいろな気づきが日常で掴める。

それが体感。

毎日の生活が、ずっとしんどくても書いて上げる作業が俺の信念とか奇跡の突破体験を引き寄せた。

こんな経緯があるのです。

好きな選択をする


気持ちを前向きにしていく

 あるサイトを見ると落ち込む。

ゲーム関連も気をつけて見ないとね^^¥

何度も書くけど、書くほうはどんな意図があるか明確化してから書く。

俺は見て、不快ならすぐに違うサイトに行くかブラウザーを落とす。

愛しています

とか、

ありがとう

という言葉。

普通のサイトではあまり見ないね。

一般的に嬉しいと感じるものなのに。

そういう意味で、ホ・オポノポノは今の時代の個人と全体の調和を図る。

PSVita。

あいすぶるー

こうやって、対象を浄化する。

クリーニングは必須。

世間とは独立しつつも安全でいいところは調和できるから♪

げーみんぐ (RSF) 1

 雅彦とななの迷カップル。

あえて、名と書かないぞ。(作者は・・・)

雅> はぁー、やっとできた。

なな> うん、こっちも。

雅&なな) 後はどっきんぐてすとだね^^?

雅&なな) ・・・・・・・・・・・・・(赤面)

雅> ははははは。なんだい?

なな> 何のことでしょうか?

<解説しよう>>

天の声か?妄想トランスか・・・

<細かいことは考えるな、ばかっぷるげーまずめが>>

雅> つーか、俺の仕事だ。神のふりしたアホな存在かっ!!!

なな> そーよっ!!!

(続く・・・)

今日のスゲー 特番




 原作も図書館で読んで・・・

以前なら読まない分野なんだが(作者さんごめんなさい)

おいでとか、読んでって・・・

手招き。

作家の因果か業か。

果てまた好奇心か^^

借りて読んだ。


 兄貴と妹のやり取りがリアル。

妹ってそーだな。

まあ、それ以外もそうか。

なんとなく。御免なさい。

そして、近所のレンタルやへ・・・

違う作品を返してから・・・

ああ、あった。

1巻と後出ている最後のほうのものだけ。

そりゃー1巻でしょ。

でも、人気あんな。

これはツキがあるな。(どっかの社長さんの真似)

面白かったし、笑った^^

何か気になるんだBGMが。


理解できないことの怖さ

 MacにしてもWinにしても、他のマシンにしても(ゲーム機も含む)

普通に使っていて壊れような感じは怖い体験だ。

俺は自分で可能な範囲の修理保守は経済上の理由からしたが、

過去、3台ノートPCをばらして、2台おしゃか。1台が生きている。

こうやって、メーカーの指示の正しさを理解した。一般的にはアホ野郎と定義されるか、

すごいという奴もいるが。

はっきしいって、それをやる人は海外には多い。

日本ほどメンテナンスが受けれないしだと思う。理由は。


 PCははっきりいって、普及したけど異文化だ。アメリカ文化だが、CPUの設計はある日本人の

設計でできた4040だったか?(曖昧)

その天才の業績に負っている。

PCの歴史を書いたNHK出版の本が図書館にあり、読んでびっくりした。

開発の日本。

商売のアメリカ。

今はどうなんだろう?

多分、もっと煩雑だろうな。


それくらいに理解されないで場合によっては壊れてないに捨てる。

俺は粗大ゴミからPC-98用の外部CD-Rドライブを拾った。電源コードが無い。

買ってきて挿したら動いた。

いづれ、趣味で使う。

買う以外にもギフトがある。

ボランティアしてゲットした。

目利きが上がるのだ^^

でも、役場が処理するものは絶対に明けません。

捨て間違いだけ見てますが。

俺は運がいいが。

・・・・


持論

 PCはゲームのために存在し、ゲームプレイやゲーム開発のためにある。

学生時代に誰かにはいたか、社会人になって誰かPCを使う人に言った言葉です。

頑固というか。

根拠がある。

それが一番楽しいとの根拠が。

付け足すと、昔のコンピューターは軍事利用で開発したが、遊びがゲーム。

副産物的な存在が、今や誰でもやらない人でもゲームという分野があることを知っている。

俺の学生時代にファミコンが社会認知されたのが大きい(ファミコンの歴史の本にあった))



Windowsが走るのはPC/AT。日本語表示可能がDOS/Vマシン。行きつけの店の店長の話では、

各メーカーによって正確にはPC/ATではないと。メーカーにより個性があるそうだ。

OSはこれを吸収して、同じゲームが同じように動く仕組みを提供する。

ワープロにしても表計算にしても、基本的には同じだと思うが。

Windowsの32ビットAPI(アプリケーションインターフェイス)を開発言語から呼び出して使うのが、

Windowsの流儀。これを理解するのに苦しんだ。

実際は開発言語で、簡単なプログラムを組んで見ると分かるし、専用の解析ソフトで自分の作った

ソフトを解析するとわかる。

ああ、これを呼び出して、動くのね。

おおぴらにするのがおかしいと感じるが、俺は書く。

俺は体験主義であり、ちゃんと理解して遊んでくれるユーザーを欲しているからさ^^

過去にクリアしたSTG X68k版スタートレーダー




 EMURATORで再会したのが去年。

 手放したX68kXVIを思い出した。

 X1もまた敵とみなしたPC-88,98もエミュでプレイし、その機種のどくときの立ち上げを楽しんだ。

 高校生から社会人と結構、シャープ派だが・・・

 世間にはいろいろな会社さんがあり、バイトでいろいろ見たね。

 今でも携帯電話だけはシャープさんにしている。

 X1からの縁かと感じるからさ。

名作は何度も見て感じて。


久しぶりにストリートファイターでいえーい


権威とは

 俺にとっては父親ではないかと感じます。

ですが、母親もそうですし、弟もそうですし、妹もそうです。

ある面で自分より秀でているし、負ける分野があるから。

世間一般では社長は権威者とされます。実際バイトなんか(もうずっとまえだ)

で行くと、そのバイトの店のオーナーさんとかとあったりしたけど、仕事はさすが速いし、

俺が対人関係が駄目と知ると、すぐのフォローして肉の売り方の練習相手をしてくれました。

おかげで、その仕事を辞める間際にどっかのエライサンに一番高い肉を2回売りました。

オーナーさんにありがとうと言いたいです。

偉い人は空気が違う。あれは怖かったよ。うつが酷いときに。

「高い肉をこんな風に入れて売るのか?」目が奥がギラリ。

店長は変わりにやろうとして。

「この子にやらせなさい」=>俺のこと

何とか一生懸命、高級な肉用の発泡スチロールになんとか綺麗に入れた。

しかし、先ほどのオーナーの訓練が異常に使いたくなった。ムカつくおっさん。

「お後は宜しいですか?」 かちんこちんでありながら、俺を叱ったことを怒った。

もしかしたら、そのデパートのオーナーだったのか?

追加注文で一番安い売れ筋を買ってくれた。ふぅー。


権威者もいろいろだ。

一般的な定義が嫌いなのはこの体験によるのです。

完璧について

 何故なんだろうね?

母も父もそうなんだが・・・ 結局、完璧にと昔は言っていたのに、今は適当って感じになってる。

おれもそーなった。

ひらがなかきはそんなきぶんをだすかきかた。

かんじへんかんしないでいいし。

真剣にやっても結果でない。なら楽しもう。苦しみを。

ブログを書いて何回も再発を通過し、何か感じたことがこれ。

自己限界は再発して、燃え尽きそうになり、落ちて、休んで、またやる。

本当にサーキットトレーニングだな。

この体感を体で得て、仕事中毒と健全の間をセンシングするのがプロなんだと書きたい。

物書き、創作家、建築関係の方も仕事と真剣勝負する。他の店員など雇用されている方も、

ある面や苦手な上司と、部下や同僚と競う環境とかで勝負はあるだろう。

まあ、大体平和かつ喧嘩的などーのこーのなんだと感じますが。

20代は親の手伝い、親と喧嘩、他の親方へ逃避。バイトに逃げる。また父の手伝い。

他の現場やバイトで得た体験で仕事力強化。父怒る。でも後で、認める。

これもサーキットトレーニングだ。

うーん。

苦手な体育のあの苦しみと似ていると感じるのはどーして。


ブラックボックスとは

 自動車やPCなど工業製品で修理屋でもいじってはいけない部分。

父がそんな話をずっと前にしてくれた。エンジンの燃料噴射はEFI(トヨタさんなんかそういうね)

で細かい噴射調整をし、燃費重視や速度重視などモードをコンピューターが判断する。


人もホメオスターシスという自己保全機能がある。これはそう簡単には壊れないが、

仕事の掛け持ちとかすると壊れる。20代のときに体験し、3ヶ月寝たきりを体験(燃え尽き症候群)



セルフ・カウンセリングという分野がある。今でも通信の教材を持っているが、かなり危ない。

うつが再発したし、俺は困ってしまい、何とかうつ状態で電話し、教材会社と契約を切った。

その代わり買い取れと。それしかなかった。

はっきりいって、心理に不調をきたすかどうか本人次第との売り方は怖いと感じる。

日記をどうしてもこまったときに書く程度に今はしているが、

自分を感じる作業は必要であっても、それに依存したら危ない。俺はそれを感じながら書いたり、

場合によっては、きついことをかいて、読者に心理的な距離を取る。

感覚でわかるからさ。

読者依存もある。

そうしたら、うつ再発になる。

楽しみながら淡々と。

この感覚は季節や置かれている状況で変化する。

それをそのままにしたいが、エゴで自己破壊したくなる。

つくづく俺はと、呆れる。

自己観察はある医師が薦めたことだったが、その危険も同じように言っていた。

やっと、同じ結論。

体感で感じるんだよと。

もう、はい。しかない。


自立と共生

 知識と体験は違う。

今までの体験を元に俺は時々、自己認識を点検する。

自己洞察や自己認識。

これもズレや一般社会との乖離とか作家は生じやすいからだ。

妄想と現実は違う。

俺が無理にでも散歩に行き、知っている人に自分から話すのは感情機能の保全以上の理由がある。

真剣にカウンセラーを目指していた時期があり、1999年から2008年はかなりきつい修行の時だった。

感情のケアをまず主体性でやる。

日記や創作はあるワークブックの提案であった。

生産性度外視で作るのが創作と。

自尊心や自分史を思い出す上ではかなり有効です。ですが、幼少期や学生時代のトラウマも出る。

なので、このワークは心理の専門家の指導の下でやれとあったな^^

自分の感情を感じるには一人の時間が要る。多すぎると妄想過多になるし。すごく変になる。

この自分の異常を自分で察知して酷い場合は俺は主治医や家族に吐き出す。

これが自立と共生の基本システムと俺は認知している。

散歩すると自分を持っている人と無い人と俺は見てしまう。これ自体危ない判断なんだが。

自分の内面すら完璧な把握を瞑想を会得してもできない。何が再生して自分を動かすかはわからない。

人にはブラックボックスがある。自己理解が出来ない部分だ。俺はそれでいいと感じる。

個人に戻るときと対人関係で個人を出すときに、感情や人格の調整が起きる。

両方とも自分だが、相手があると気を使い、遠慮がちになるが、近頃は近所のおばあさんの方が

自分を出すなと話すと感じてしまう。ああ、いかん。

今でもこっそりと常連の店の簡単なゴミ拾いをする。見つかる場合もあるが・・まあいい^^

自分を感じ、閃きを信じて相手や社会やボランティアをして、自立と共生を今、生きている。

おまけ

でふぉるめしようとしてしっぱい。

でもあじがでるな。

のんびりとねる せんとうき SSY-000(001の前の実験機))